狩野志歩論 | article 01

スコット・マクドナルド | 田中裕介 訳

狩野志歩のフィルムとビデオに私が賞賛を寄せる決め手となったのは、過去の二つの体験であった。一つは、映画の歴史に関わる体験、もう一つは、私の訪日の体験である。一九八○年にアメリカ芸術連盟は、映画研究家ドナルド・リチーに、日本の実験映画史に焦点を当てた映画シリーズを企画するように依頼した。リチーが富山加津江(東京のイメージフォーラムの代表)と協力してまとめた「日本の実験映画 1960-1980」という、短篇映画で構成された二つのプログラムがアメリカを巡回したのは一九八○年代初めのことである。このプログラムについての私の記憶は薄れているが、よく覚えているのは、もっとも快い驚きをもたらしたのが、萩原朔美の『KIRI』(1971)であるということだ。それは、風景を包む霧がゆっくり晴れてゆくと、遠方の山影が幽かに現れるという八分ワン・ショットの映画であった。『KIRI』がこの私になぜ悦ばしかったのかといえば、そのとき私が『フォグ・ライン』(1970)についての論述に取りかかっていたからである。そのアメリカ人ラリー・ゴッタイムの手になる十一分ワン・ショットの映画は、霧の漂う風景が晴れはじめて、木々、繁み、その他の草地の光景が姿を見せるというものであった。この二つの映画に違いがあるのは勿論だが—『KIRI』は白黒であり、『フォグ・ライン』はカラーでその風景は映像技術によってより十全な処理が施されていた—そのとき興味を覚え、胸を突かれるような感じすらしたのは、地球の反対側で、二人の映像作家が同時期に、ほぼ同一の着想を得て、二つのすばらしく澄明な映画を作り上げたということである。萩原の映画が、アメリカで配給されないことをずっと私は残念に思っている。

トロントで行われた2001年のイメージズ・フェスティヴァルで私が同じ喜びといってよいものを経験したのは、クリス・ゲーマンが企画した日本の実験映画のプログラムで、狩野志歩の三つの映像作品—『情景』(1998)『スチール』(1999)『揺れる椅子』(2000)—を観たときのことである。とりわけ魅了された『揺れる椅子』という、カラー・サウンドの十三分の映画は、私がここ何年か論述をつづけているレイトン・ピアースの近作のいくつかを彷彿させるものであった。『KIRI』と『フォグ・ライン』をめぐる経験と同じように、ピアースの作品と『揺れる椅子』との間に明らかな違いを認めた私であるが、異なる大陸で仕事を行っている二人の芸術家が、内在する精神と波及する力において明らかな共鳴を示す美しい作品の制作へと突き動かされたことに再度の感動を覚えたのである。アメリカ人にとって幸運なことに、狩野の作品は、当国で配給される目途が立ちつつある。

狩野の作品が萩原の作品と同じプログラムで上映されるという事実、そして萩原の作品が狩野の作品に深甚な影響を与えたという事実は、この映画同士の出会いの連なりにさらなる興趣を添えるものと私には感じられる(狩野は、私が最近行った未発表のインタヴューにおいて以下のように述べた。「伊藤高志の『スペイシー』の迫力、萩原朔美の『TIME』の静けさ、松本俊夫の『色即是空』のストイックな美しさ……それらはまだ高校生であった私にとって、どれほど作品を理解できたのかは分かりませんが、大きな衝撃と煌めきと混沌の体験でした。こんなにあらゆることから自由な映画はそれまで観たことがなかったのです」)。

狩野の作品に私が興味を覚える伏線となった二番目の体験は、映画とは関わりのないものだ。一九九七年一月に私が、本州西部の岡山で英語を教えている息子を訪ねるために日本を旅行したときの体験がそれである。この旅行当時の私は、後に『機械の中の庭園—場所についてのインディペンデント映画案内』(カリフォルニア大学出版局、2001)として刊行される仕事に取り組んでいた。これは、現代生活(「機械」)が蔓延させるヒステリーの只中にあってエデンの園のような原初の安らぎ(「庭園」)の効果をもつ黙想と観照の体験を観客に与えることを主眼とした、アメリカのインディペンデントのフィルムとビデオの系譜を扱った著作である。研究の過程で私が博捜したこの主題と関わりのある様々な伝統と技芸の中には、風景建築の歴史、とりわけ十九世紀の風景建築家・デザイナーのフレデリック・ロー・オルムステッドが含まれていた(彼は、ニューヨークのセントラル・パーク、ブルックリンのプロスペクト・パーク、ボストンの公園の「エメラルド・ネックレス」をはじめとするアメリカ一円の主要な公園を多数設計している)。

この旅行に発つ前の数週の間、岡山が日本有数の名園として名高い後楽園の本元だと知った私は心騒ぎ、京都その他の地の庭園訪問に加えて、時間を縫ってそこを訪れる計画を立てた。息子の自転車に乗って岡山を抜けて後楽園へと最初に行ったとき私が息を呑んだのは、この庭園が思っていたよりもかなり規模が小さかったにもかかわらず、狭小な空間としか見えない場所に驚くべき豊富な環境と体験とを収める包摂力からその美しさを得るという複雑さを成し遂げていると見てとったからである。

この最初の後楽園体験は、数日後、息子とともに、岡山の北西五十キロほどのところにある高梁という小さな町に足を伸ばしたときに、さらに強固なものとなった。息子が授業をしている間に、私は作庭の巨匠小堀遠州の作といわれる頼久寺の庭園を一見しておこうと心を決めた。一時間ほど私はその庭園があると聞いていた場所を行ったり来たりしたが、見つけることができなかった。国宝級の庭園にふさわしい広い敷地はどこにもないように思えたのである。古い石段を昇り、頼久寺の中にようやくその入口を発見したその精妙な庭園は、多くの日本庭園と同じように、現代生活の慌しさの中で孤立を保っている—表通りは目には見えないが、庭園の奥の向こう側の人通りの音で絶えずそれを感知することになる—と同時に、現代に生きる体験が押しつけてくる惰性を越える機会を与えてくれるものであった。数キロメートル離れている愛宕山を来宮寺庭園の借景とするという発想は、このような考えを具現するものであり、この小庭園を視界の及ぶ限りに拡がっているように見せている。

以上に述べた体験は、いくつかの点において、狩野志歩の作品と関連している。狩野の感性が、日本庭園の歴史の中に現れている感性とつながりがあることは誰が見ても明白であろう。彼女の関心が赴くのは、現代生活、都市生活、消費偏重生活の旗印と通常はみなされる二つのメディアを用いて、空間の限られた拡がりと時間の限られた持続とを、映画的観想の瞬間が途切れることなく美しく続く視聴覚体験へと変容させることである。さらに、現代生活という「機械」の中の「庭園」を観衆に呈示するアメリカ映画の伝統と比較すれば—私はここでとりわけ、ラリー・ゴッタイム、ピーター・ハットン、ジェイムズ・ベニングの映画のことを考えている—狩野の作品は、より画然とした空間の境界の中に収まっていることに加えて、現代の都市の、そして郊外の経験を切り捨てる発想とは無縁なのである。彼女の秀作群—『揺れる椅子』『白いテーブルクロス』(2000)『お香』(2002)『赤い花』(2002)—には、日常生活からの安直な離脱という要素は見られない。その代わりに狩野は、消費生活に関わる音(自動車の走行音、電車、それに類するもの)が外から押し寄せる都会のありふれた生活空間の内にある部屋という領域を選びとる—そして彼女が発見し、創造する瞬間の連なりの中で、光線の独特の質感、微風の精妙な動き、煙の幽かな棚引き、ガラスの花瓶に映る薔薇の影に触れるわれわれは、身近な世界で刻々に生起する受肉との関係を取り戻し、何らの起伏もない極微の瞬間と場所にさえ豊かな悦びが潜んでいることを思い起こすことになる。

狩野のフィルムとビデオ(彼女は両方のメディアを等しく使いこなす)は、しばしば映画の起源への指向を示している—驚くことではない、彼女は映画の先駆者たちに大きな敬意を抱いているのだから。「これは個人的な意見ですが、映画の歴史は、リュミエールやメリエスといったパイオニアたちの残したプリミティヴな映像からあらゆる映画の全てを発見していった歴史なのではないでしょうか。そして、アヴァンギャルド映画や実験映画の作家たちがそうした映画の構造を探究することを自覚的に引き受けていったのです。さらに、私たちは映画に出会うことで、今までに存在し得なかった時間を体験し、運動を発見したのではないでしょうか。私の興味は、あらゆる映画にその一部として内在しているもっともプリミティヴな、根源的な性質を体験し、発見することにあります。ただし、私は現代においての、体験や発見を行いたいと考えています。私たちは時代ごとにそれら初期の映画に立ち戻って、また新たな発見ができるのではないだろうかと思っているのです」。

日常生活をそのまま扱うリュミエール兄弟の手法は、狩野のフィルムとビデオにとりわけ関わりがあるように思われる。しかし彼女の作品はまたジョルジュ・メリエスのトリックフィルムをも思い起こさせる。筋書、登場人物、メロドラマ、モンタージュ、特殊効果—テレビとフィルムの商業映像で常用される様々な要素—から映画を引き離すという狩野の軌道修正作業になじみを深め、その黙想する視線を受け入れるやただちに瞠目するのが、巧妙な錯覚を誘う一つ一つの形式であることは確かであるけれども、それを通してわれわれは日々経験しているものを見つめなおし、この芸術家がさりげない体験をまとめ上げる手つきのしなやかさを認識することになるのだ。たとえば『揺れる椅子』の終結近くで、部屋の中に風が流れることで揺れる白いカーテンの縁に目を凝らすときに初めて、われわれは巧みに重ねられたカーテンの複層を見ていると気づく—そして、このカーテンの複層から、現実をありのままに扱っているかのように見える狩野のフィルムの視聴覚体験が、時間の「複層」を通して構成されているのだということを思わざるをえない。同じ効果を呼ぶ映像が創られている『白いテーブルクロス』で目にするのは、ガラス瓶の底からその周囲へと滲み出した水のなす模様が、まるで微小な潮の満ち引きのようにテーブルクロス上で伸縮するという光景である。ガラス瓶は、現実に流れる連続の時間で映像に収められたのだろうが、われわれが実際に体験するものに、ここでは細心な、ほとんど気づかれないような編集が施されているために、完成形のこのビデオは、澄明感と神秘感、簡素でありながら驚嘆をもたらす印象を同時に生み出している。部屋一帯に棚引くお香の煙が目に心地よい『お香』では、その簡明な体験を楽しんでいるわれわれは、煙が逆回転で動いている、お香が「燃えていない=逆時間で燃えている」と不意に気づくことになるのだが、それは煙がふたたび正回転で動き出すのを認識するまさにその瞬間においてなのである。

狩野が映像と音響を演出するその手際のために、作品にはまた音楽的、さらには演劇的ともいえる次元が存在する。開閉する扉が、空間の一部に光を導き入れたり、ある量の光を排除したりする。往来の音響が高まり、またやわらぐ。微風が空間をよぎるのに合わせて、光が微妙に変調する。狩野がレンズを全開すれば映像は一面白色になり、レンズを閉じれば映像は溶暗する。フレイムによって切り取られた空間を、あるいはそこからわずかに外れたどこかを、誰かが通り過ぎるのが、目で、耳で感知される。これら映像に結晶している体験は、開かれていると同時に、きっちり統御されたものであり、静謐であるとともに力に溢れている。それらは、多様な文化の伝統—日本庭園、俳句、北米の前衛映画(『赤い花』のスローズームは、マイケル・スノウの『波長』(1967)を思い出させる)—を呼び起こすとともに、また狩野自身だけのものである場所と時間を美しくくっきりと刻み込んでいるのである。

スコット・マクドナルド(映画批評)
「波うつ扉 萩原朔美、狩野志歩作品集」(2003年10月/イメージフォーラム・シネマテーク)