薄目をあけると像が染みる | article 02

澤 隆志

狩野の作品はほとんどが室内で撮影され、被写体も限定されている。わずかに開いた窓、一輪の花、揺れる椅子、染み、煙・・・ そしてなにより、微妙なカメラコントロールで演出された光そのものが主人公である。暗闇から眼が眩む(くら・む、と読ませるのは意味深)ほどの開放露出までのなだらかな光のスロープ。フォーカスアウトして次第に溶けてゆく輪郭と色彩。これらは凝視し続ける事によってみえる画像は千差万別である。なぜなら、鑑賞者の眼は光に反応して像と残像を知らずに重ね合わせていくからである。「眼が色を染める」(向井周太郎)わけである。

もう一つの特徴は、シンプルだが実に効果的な編集行為により、異なる時間の画像がかさなって空間化されている点である。時間経過と奥行きの関係は実験映画で繰り返し探求されるテーマであり、アーニー・ゲール『穏やかな速度』ビル・ヴィオラ『歯と歯の間に』などのエレガントな先例もあるが、これらの作品は風景のパースもはっきりし、コマ間もソリッドで差異がはっきりわかったうえでのイリュージョンを見せているのに対し、狩野のフィルムはディゾルブにより2点の時間を溶け合わせ、あたかも下のレイヤーに隠れていた時間が染み出してきたような印象を与える。被写体が不定形なものの場合、時間を空間化する効果は絶大だ。なぜなら2秒前の煙と2年前の煙を区別するものなどなにもないから。

経過する時間と、重ね合わせた時間が巧妙にブレンドされて、暗闇の中の鑑賞者は自ら凝視した眼のリアクションを通じ、いつのまにか穏やかな眩暈を起すことだろう。

澤隆志(イメージフォーラム・ディレクター)
「波うつ扉 萩原朔美、狩野志歩作品集」
(2003年10月/イメージフォーラム・シネマテーク)解説より